インドの旅 21日目・リタとの出会い

アッサムにおいでよ!
え!?ほんとに行くかも!
とリトゥと別れを交わし、飛行機に乗りました。
いや~インド人とこんないい出会いがあると思わなかったな~とか回想しながら、
空港行ったんだけど、飛行機に乗る直前のゲートの前で列に並んでると、前の小柄なおばさんの服が着物に見えた。

  • (あれ?着物?羽織みたいな。日本人かな?)

  • と思ってちょっと顔を覗いてみるとインド人っぽかった。

  • (え~~珍し~~インド人が和服なんて。もしかしたら、和服に似たインド服なのかな。)

  • その可能性もあるように思えた。何しろかなり着古していたから。

  • 声かけてみようかな、なんて思った瞬間、何かが通じたのか、こっちを振り返って、


「ねえ、この便でアーメダバッドからウダイプール行きのに乗り換えれるわよねえ?」
と流暢な英語で聞いてきた。
「え!?私はアーメダバッドで乗り換えてバラナシに行くのですが、アーメダバッドで乗り換えできると思いますよ」
ってとっさに答えた。今思えば、アーメダバッド行きのチケットでチェックインしときながら乗る直前に明らかに外国人の私に聞く意味も分からなければ、ウダイプールがどこかも分かってないのにできると思うって答えた私も無茶苦茶だ。(笑)

  • だけど、ただちょっと不安になったから、大丈夫って誰かに言って欲しかったんだと思う。おばさんはチケットをもう一回見て、満足そうに頷いた。(笑)

  • せっかく会話が出来たので、


「その服、日本の服に似てますね」
と言うと、
「そうなの!私、京都に長く住んでたから!」
と答えた。

  • え~~~~!!!そうなんや~!!!

  • 「私は京都生まれなんですよ~!3才から高知に住んでいますが」


と言うと、ほとんどの外国人が知らない高知をまさかの知っていたし、日本語もちょっとだけ喋れた。

  • アメリカ人の旦那さんがいて、その二人のアメリカ人とインド人のハーフの息子は日本人と結婚して、孫はアメリカ人とインド人と日本人のクォーターなんだとか。ザ・国際家族!




  • 飛行機に乗り込んだら席が離れてるので、それでバイバイだったのだけど、飛行機から空港までのバスでまた偶然にも私の目の前におばさんが座ったので、


「ハローアゲイン!」
って言ったら目を丸くして、
「あらあらあら!また会っちゃったわね!」
と言った。

  • その時夕方6時だったのだけど、次の便が何時かを確認し合ったら、私は実は次の日の朝9時で、おばさんは飛行機じゃなくてバスなのだと言う。

  • その時分かったのだけど、ウダイプールはアーメダバッドから北へバスで4時間、逆にもくちゃんの滞在してるジャイプールからは8時間南へ下った所にあった。

  • おばさんはこの偶然の出会いに何かピンと来たらしく、


「私も今日はバスで帰らずにここで一泊しようかしら。あなたは宿が決まってるの?決まってなかったら宿をシェアするのはどう?」
と聞かれた。
「え!?、、、」
驚きの申し出。
街でご飯でも食べて、宿を探して、ちょっとアーメダバッドの雰囲気を感じようかなと思っていたのだけど、
この際、乗っかっちゃおう!!
「ええ!そうしましょう!」
っちゅうことで、まさかの初対面のインド人とシェアルームすることになりました。こんなことあるんだね!

  • おばさんは旦那さんに電話し始めました。


「ハロー、ファニーボーイ!(本当にそうやって言った。笑)
ちょっと疲れたから、バスに乗るのは明日にして、今日はここで泊まろうと思うの。日本人の女の子に出会ったのよ。それで一緒に泊まろうってことになって。
...え?名前?」
こっちを向いて
「名前なーに?聞くのも忘れちゃってたわね!」
はははははは。
私たちは名前交換すらしていなかった。(笑)

  • そんなこんなで、名前はリタということが分かり、リタとタクシーを捕まえ、宿探しが始まった。まあ、普段私だけだとタクシーは高いので乗らないんだけど、インド人が普段どんな風に何を使うのか興味があって、全部リタに付いて行った。

  • タクシーの運転手さんにミドルクラスの綺麗でちゃんとしてるところを教えてって言って連れて行ってもらう。一軒目は満室。二軒目は部屋の質の割には高かった。そこで、もう一軒行くかと思いきや、2800ルピー(約4300円)を2000ルピー(約3000円)まで値切ったその腕には感服。


っていうか、ホテルって値切れるんや!思いつきもせんかった。(笑)

  • 最初、受付のホテルマンに高いよ~~と散々言ったけど下げてくれなくて、ホテルを出るのかと思いきや、隣の部屋のボスらしきおばさんとこまで行って直交渉。ボスも最初はうんと言わなかったけど最後には案外あっさりいいわよ、って言った。

  • リタは、


「あなたならオッケーって言ってくれると思ったわ」
ニコニコニコって。心の中で拍手喝采。

  • 普段200ルピー~500ルピーぐらいの所しか泊まってない私からすると、値段的にはなかなかな中流ホテルなはずなんだけど、これがインドは値段と質が比例しないんだな。(笑)


ツインベッドのとこ探すのかな~と思ってたけど、まさかのダブルベッド!!
初対面の人とダブルベッドで寝るとは思わんかった~!!!
私はそういうの全然平気な人なのでなんの問題もないけど、リタも平気なんだねえ。

  • でもそんな考えもよそに、


あっという間に打ち解けた!
リタがゴアにいたのはパーマカルチャーを勉強しにだったからだ!!!
え!?パーマカルチャー!?すごい!!
インドでパーマカルチャーの話題が出るなんて!めっちゃ嬉しい!!!
パーマカルチャーの話題は尽きることがない。
リタもこんなにパーマカルチャーの話で盛り上がると思ってなかったので、めちゃ興奮してた!

  • そういえば、オーストラリアでめちゃくちゃ仲良くなって週三ペースで泊まりに行ってたアマンダのことを思い出した。アマンダとそれだけ仲良くなったのもパーマカルチャーに寄るところが大きい。

  • 以下引用


『パーマカルチャーとは』
パーマカルチャーとは、オーストラリアのビル・モリソンとデビット・ホルムグレンが構築した人間にとっての恒久的持続可能な環境を作り出すためのデザイン体系のことです。
この言葉は、パーマネント(永久な)とアグリカルチャ-(農業)あるいはカルチャー(文化)を組み合わせた造語です。
パーマカルチャーの祖、ビル・モリソンは、パーマカルチャーの目的を「地球を森で覆い尽くす」ことと言った。
引用終わり
パーマカルチャーとは
より

  • 自分でパーマカルチャーやってます!とか言ったことないけどね。自分たちのやりたいことを英語で率直に簡単に言うとパーマカルチャーなんだなあと改めて思いました。これは発見でした。

  • 土づくりの話、コンポストトイレの話、草木染めの話、家の水捌けの話、まあ、ほんとにインド人と話してるんだろうかって言うぐらい日本人と話している時と変わらない不思議な感じ。

  • パーマカルチャーは世界を繋ぐ!のかもしれない。音楽も相当世界を繋ぐと思っていたけど、音楽には実はちょっと壁があるように思う。プライドみたいなものだろうかね。自分たちの音楽を大事にし過ぎていたりとか。分かりやすく言うと、白人やアジア人に黒人音楽が分かってたまるか、とか、またはその逆しかり。この国のこの伝統音楽の楽器だから、この通りにしなきゃいけない、とかね。

  • パーマカルチャーだけではなく、新しい概念のものにはそれがない。音楽も最近は全部ごちゃまぜが当たり前になって、ジャンルとか関係なくなりつつある。

  • 話がそれたけども、とにもかくにも、良い出会いに感謝です。

  • リタ、ありがとう!!!




  • 写真は、バス停までホテルマンがリタをバイクで連れて行ってくれるところ。



アーメダバッドの空港でこんな本見つけました。著作は日本人かと思いきや、アメリカ人だったかヨーローパ人だったかでした。(笑)
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プロフィール

志和 樹果(Mikika Shiwa)

Author:志和 樹果(Mikika Shiwa)
1992年へその緒を首に巻いて死にかけながら生まれ落ちる。高知県足摺半島で育ち、音楽と芸術に没頭、中学卒業と同時に旅人になる。ギターとハーモニカを持ってライブを重ね、16歳で自主制作1stアルバム「こもど」を作って売り歩く。18歳のときドイツに渡り、路上で歌いながら1年ちょっと、世界23ヶ国の旅をする。その後ユウタと出会い、バンド the Old Wooden Band や録音を始める。22歳になって、Great Spirit と名付けたバンドで突然ドラムを担当することになり、メンバー4人のみでアメリカブルースの道を辿るツアーを決行し、その珍道中を収めた「日常と長い夜~Everyday and Hard Night~」というロードムービーを制作。現在は高知県西部の古民家で録音スタジオ「二十億光年スタジオ」を作り、録音やバンド活動をしながら、まだまだ旅の途中。
The Old Wooden Band 動画 ↑ここをクリックするとyoutubeに飛びます。

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