胸が苦しい

土曜日の短編の発表&講評と、日曜日の創作演劇の発表&講評でずどーーーんって落ちた。一つならまだましなものを二重に重なったものだから、ずたぼろ。
苦しいっす。
ちょー苦しいっす。
胸がぎゅーって閉まって息苦しい。
短編作りもめっちゃがんばったし、演劇創作と出演もめーーっちゃがんばった。泊まり込んだりふらふらになりながら、かなり限界に近いとこまでやったのだ。それで自分では本番もやりきれて良かったと思ってるし、見た人も面白かったと言ってくれた。けど、短編でも演劇でも講師とオリザさんからはコテンパンに言われたわけですよ。それがまたまあ、納得できるもっともな講評なわけで。(笑)
講師の人やオリザさんが、いくらダメだったと言ったとしても、他の人が面白かったと言ってくれたら、それで十分だしそれでいいと本気で思ってる。講師だって自分の好みで講評しているのだから。(すごい仕事だと思う。私はこんな仕事無理な気がする。)

だから今までよくあった悔しいという気持ちではなくて、反発心でもない。

じゃあ、なんなんやろう。
何が引っ掛かってるんやろう。

でも昨日飲み会行ってよかった。同期の成瀬さんがすごく希望の見えることを言ってくれたから。

脚本をちゃんと型にはめてみたら、むしろ自分らしさが出せると。

短編講評と演劇講評で2日連続きついパンチを喰らってノックダウンしたからごっちゃになってるけど、その二つはまずまるで違うもの。短編は全てにおいて監督の自分の責任で、演劇はみんなで作ったからみんなの責任だったのだ。
でもどちらも同じくらい喰らった。短編の方は自分そのものだから言わずもがな、演劇の方は仲間が一緒だったからこそ申し訳なさとかもあるわけだ。

それにしてもやっぱりまだ引きずってるのは断然、短編の方だね。。

うちはなにが撮りたいのかな。いや、撮りたいものは分かってる気がするんだけど、それをどうやったら自然な風に撮れるのかな。

最初からテーマを持つと面白くなくなるから、最初からテーマを持つなと講師の人もオリザさんも言った。

うちはずっとテーマを持って生きてきて、それをどうしても反映させようとして、歌も短編も面白くなくなっちゃったのかもしれない。

でもテーマを持たずに映画を作ったり、歌を作ったり、今やろうとすると、罪悪感みたいなものが生まれる。なんなんだそれは。テーマがなければ罪悪感ってか。

ひょー。しかしこれはたぶん10年ほど前からこびりついた錆みたいなものなのだ。手放したい。手放したいよ、とても。でも手放したくない、そこにアイデンティティーを感じてる自分が必ずいて、その葛藤の繰り返し。そのアイデンティティーを手放せば、私は生きてる意味がなくなって、死んでしまうんではないか、そんな不安すらもあって、大事に大事に、自分の心の芯に持ってきてしまってるのだ。

だから映画作っても歌を作っても、ものすごい縛りが私にはあって、全く自由じゃない。そして、さっきもいった通り、そこにアイデンティティーを感じてる自分がいるから、素晴らし映画や歌を作れなくとも、このままの自分でいいんだ、と思う自分がいるんだ。

映画監督になろうとしてる私にとっては最大の敵である(笑)。
実は、これはミュージシャンの私にとっても最大の敵だったわけだけど、長年言い訳を重ねながらうまくやってきたので、ごまかすのが上手になっちゃって、このままじゃなんの壁も越えられないし成長はできないと思って、ミュージシャン活動の他に違うことをやってみたいと思ったのだ。

越えなきゃいけないって知ってる。しかも真正面から立ち向かわなけりゃなんの意味もないって分かってる!

でもその勇気がなかなか出ない。だって24年間思って、やって、信じて来たことを一度覆すんだから。

苦しいよ。

苦しいよ。

苦しいよ。

涙が出るよ。

24年間の自分を否定するようなものだもの。

でもそのことで、やっと変われるし、次に進めるし、それをうちは今何より望んでいる。

ばいばい。

ありがとう。

私を生かしてくれてきた信念たち。

ありがとう。がんばって生きてきてくれた私。

捨てるの辛いよ。

燃やせないよ。

誰か助けて。

涙が止まらないよ。

中学生の死にそうになったあの時から、

私を支えてきてくれた音楽。

私を支えてきてくれた見返してやるという感情。

私を支えてきてくれた、何よりもポジティブに生きようとする信念。

お母さん、お父さん、さとりの影響。

私を支えてきてくれた友達。兄弟。

日本、ヨーロッパの一人旅でとても親切にしてくれたたくさんの人々。その後も世界各地で親切にしてくれたみんな。


ふう。

私はこのバカみたいに正義感溢れるアイデンティティーを捨てます。

ヒーローにならなければ生きている意味がないという考えを捨てます。

だからといってそれは、ヒーローになるのを諦めるとかそういうことじゃないって分かってます。

何にも心折れてません。

重い荷物を断捨離して自由になるだけです。

そしたら自分なんて何にも残らないんじゃないか、不特定多数の何にもない人間なんじゃないかって不安がずっとあったけど、このアイデンティティーを捨ててもミキカはミキカだと信じたい。

それを信じないと捨てれないぐらい重い。めちゃくちゃ重い。捨てたことがないからどうなるか分からない。50パーセントの確率。でも信じてる。

それに、精神的なもので、癖みたいなこともあるから、急にキッパリクッキリはなくならないのだ。

たぶん、これから相当苦労する。24年間信じてきた宗教を抜けるようなものだ。ああそっか。はやとくんってこんな気持ちなのかな。誰も押し付けてきてないし、親が信じてるものと全く同じなわけでく、自分だけの宗教なのに、それが一番抜けられないのかも。はやとくんと同じだあ。だからなんか共感したのかも。

今日決意した。
どれだけ時間かかっても、もう縛られない。自由な発想を心がける。誰のことも妨げない。

ああ、それでも結局、あれが嫌いだとか嫌だなって気持ちがあって、コンビニ弁当食いたくねぇよ。とかホラー映画見たくねえよ。とかそんな次元の。

がんばれ。コンビニ弁当食ってもいいのさ。ホラー映画に慣れてもいいのさ。汚れてもいいのさ。落ちぶれてもいいのさ。酒に溺れてもいいのさ。めちゃくちゃな人間になってもいいのさ。

ね、がんばれ。




(捕捉。まじで号泣しながら思ったことをぐわーって書きました。こういうのって、うちの育ってきた背景とか、なんでこうなってるのかって理由が分からないと意味わかんないと思うんだけど、それはいつか本でも書くよっちゅうことで(笑)。今はこれで。)



   



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プロフィール

志和 樹果(Mikika Shiwa)

Author:志和 樹果(Mikika Shiwa)
1992年へその緒を首に巻いて死にかけながら生まれ落ちる。高知県足摺半島で育ち、音楽と芸術に没頭、中学卒業と同時に旅人になる。ギターとハーモニカを持ってライブを重ね、16歳で自主制作1stアルバム「こもど」を作って売り歩く。18歳のときドイツに渡り、路上で歌いながら1年ちょっと、世界23ヶ国の旅をする。その後ユウタと出会い、バンド the Old Wooden Band や録音を始める。22歳になって、Great Spirit と名付けたバンドで突然ドラムを担当することになり、メンバー4人のみでアメリカブルースの道を辿るツアーを決行し、その珍道中を収めた「日常と長い夜~Everyday and Hard Night~」というロードムービーを制作。現在は高知県西部の古民家で録音スタジオ「二十億光年スタジオ」を作り、録音やバンド活動をしながら、まだまだ旅の途中。
The Old Wooden Band 動画 ↑ここをクリックするとyoutubeに飛びます。

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